現代のようにもののあふれた時代に、ビタミンの欠乏症なんてあり得ないと思っている方が多いのではないでしょうか。ビタミンの欠乏症と一般にいわれているのは、脚気や壊血病ですが、それは放っておくと死亡するほどの重い病気です。ビタミン不足にも程度があります。脚気や壊血病などビタミンの発見にかかわってきたような重い欠乏症は、古典的欠乏症というべきものですが、そのような重い欠乏症に至る前に不足している段階がいくつかあります。M・プリンは、ビタミン欠乏を5段階に分けました。【第1段階】組織中のビタミンの蓄積が減り、尿の排出量も減ります。【第2段階】生化学的な段階で、ビタミンを必要とする酵素の働きが低下します。ビタミンには、体の中で行われる化学反応の仲介をする酵素を補う補酵素としての役割があります。例えば、ビタミンB1の量が不足すれば、赤血球の中のトランスケトラーゼという酵素の働きが悪くなります。逆にいうと、ビタミンB1の潜在的な不足は、この酵素の働きを測定すれば分かるのです。しかしこの段階では、まだ症状として何も現われていないので、病院でトランスケトラーゼの検査を受ける機会はまずありません。トランスケトラーゼの働きの悪い患者の症状は、胸痛・腹痛、睡眠障害、人格の変化、原因不明の発熱、下痢、慢性疲労、夜間によく汗をかくというもので、第3段階に相当します。この患者たちには、特に体の異常がないので、ふつう神経症だと診断され、精神安定剤を処方されるか、精神科を紹介されることになります。何らかの症状の出てくる第3段階で、トランスケトラーゼの検査を受ける機会がわずかながら出てきますが、見過ごされることが多いのです。【第3段階】不眠、眠気、イライラ、食欲不振など生理学的な症状が出てきます。ここでやっとビタミン不足が表面に症状として出てきますが、それぞれの症状からどのビタミンが不足しているかということまでは分かりません。つまりこの段階でビタミン欠乏を疑う場合には、ビタミンの検査を一通りしないと、どのビタミンが欠乏しているのか分からないということです。【第4段階】この段階になると、症状は臨床段階になり、古典的欠乏症のいろいろな症状が出てきます。先に述べたアメリカのRDA(推奨栄養摂取量)が基礎にしているのはこの段階なのです。この段階になってやっと病院でも特定のビタミンの検査をすることになります。【第5段階】この段階は最終段階で、そのまま放っておくと死亡してしまいます。以上の五つの段階のうち、第3段階まではビタミンの潜在的欠乏と呼ぶべきもので、いままで問題にしてこなかった欠乏状態です。第3段階で症状が出始めますが、病院に行っても、通常の検査ではどこも悪いところはないのですから、気のせいだということになります。例えばビタミンB1が十分かどうかを検査するために、赤血球中のトランスケトラーゼの働きを測定するという検査をほとんどの医師は行いません。まずそのような症状の患者が来て、一通りの検査をして異常がなければ、精神的な問題だと考えるのがふつうで、ビタミン不足を疑うということはまずないのです。万が一ビタミンの不足を疑ったとしても適切な検査をしなければ分かりません。ビタミンの血中濃度をただ単に測定してもあまり意味がないのです。ビタミンは適切な場所で、適切な働きをしているかどうかが重要なのであって、血液中にただ単にどのくらいあるかを検査してもほとんど意味はないのです。例えばビタミンB1一つとってみても、血液の中を流れる赤血球の中にある酵素(トランスケトラーゼ)の働きを見てみないとその潜在的な不足は分からないのです。血液中の濃度だけで判断するというのは、たとえていえば電車に乗っている人の数だけで判断するようなものです。電車の中が満員だからといってその人たちが職場に行ってちゃんと仕事をしているとは限りません。ほとんどの人がそのまま遊びに出かけてしまえば、たくさんの人が電車に乗っていたことには、何の意味もないのです。