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教育思想を築くうえでの基礎

学生時代にルソーの影響を受け、社会改革を考えたりするが、農業経営を行い、農民の救済にあたることを決意し、チューリッヒ郊外にノイホーフと名付けた農園を拓く。ここで最初の教育的な試みである貧民学校を1776年、彼が30歳の時に開設する。ここでは、4歳から19歳の子どもたちに農業や糸つむぎなどの労働を教えながら、同時に知的・道徳的教育を行おうとした。しかしこの貧民学校も1780年に閉鎖することとなる。このノイホーフにおける事業の失敗により、ペスタロッチはその後20年近く教育実践は行わず、もっぱら文筆活動によって彼の考え方を世に問うている。この頃の著作に『隠者の夕暮れ』(1780)や『リーンハルトとゲルトルート』(1781〜1787)があり、これらの著作が後の彼の教育思想を築くうえでの基礎となるものである。
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