喜んだからと言って、それで老衰状態がよくなるわけではない。ばあさまは相変わらず寝たきりである。しかし少なくとも、Tさんは冥途で自慢できるだろう。「わたしやね。八十七で若い男とチチクリあったんだよ」そうであって欲しい。それにしても、女性というものはほんとうにわからない。「灰になるまで女は女」そんな言葉をどこかで読んだ記憶がある。まさに、そういうことなのかもしれない。しかしもし、最初に乳首を回したとき
老人が死ぬのは順番だからあるところ仕方がない... の続きを読む
仮想化とはつまるところ、データ化の事です。コンピュータという人間の作り出した仮想世界の中に現実をデータ化して取り込むこと、それこそが、仮想化という言葉の意味です。では、データ化とは何でしょうか?それは、0と1のだけで現実を記述することです。まあ実際はもっと複雑な記法になりますが、根源的に言ってコンピュータは0と1だけで動く2進法のものですので、0と1で記述することこそが仮想化の本当の意味と言って問
2進法で記述することこそが仮想化という言葉の意味... の続きを読む
実は受精卵を間違って移植されたもう一組の夫婦は残念ながら中絶の道を選びました。それは当然の選択。けれど実は私たちのお産に立ち会ってくれていたの。自分たちの受精卵だという理由より、この出産は二組の夫婦の子供だと気づいてくれたの。それで分娩室で母親の手をご夫婦は握ってくれて、力をくれた。出産の最後までご夫婦は一緒に闘い、一緒に生んでくれたのよ。そのことを伝えたくて手紙を書きました。もうひとつの知らせな
二組の家族の子供... の続きを読む
東洋医学は本来、実験的研究に依存しない体系だといっていいでしょう。鴎外は研究(フォルシュング)を欠いていること、したがって彼のいう厳密な医学でないことを「日本固有の医学」の最大の弱点と見なしたようです。東洋医学は動物実験をほとんど顧みない点で「科学的」ではないかわりに、人間からの直接情報(それもほとんど五官だけに頼った、静的な情報ですが)に全面的によりかかっている占一では「人間的」な、あまりに「人
「日本固有の医学」の最大の弱点... の続きを読む
昭和のうたの分裂構造(赤とんぼ)のほか(ペチカ)や(からたちの花)を作曲した山田耕筰が、ヨナ抜きを一種の踏み台としてJ(和)からE(洋)へ舞い上がろうとしているのに対して、♪「雨降りお月さん雲のかげ」や♪「てんてんてんまり……」の中山晋平はEの要素をJに沈めるうたに力量を発揮しました。洋に舞うのか、和に引き込むのがこの綱引きはきたるべき昭和の時代全体を通して続いていくことになります。日本で最初の洋
「学」と「芸」の間に明確な仕切り... の続きを読む